2011/4/20
戦略室メンバー、草むしりをする
あかねグランプリ エントリー開始! しましたが、みなさん作戦は考えましたか( ´Д`)ノ 個人戦で、がっぽり賞金を狙...
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皆様、明けましておめでとうございます。
システム担当のまるです。
今年もよろしくお願い致します。
突然ですが、あかねには「事業推進室(旧:経営戦略室)」という社会福祉法人には珍しい部署が存在します。
今までこのブログ内で何度も紹介されている通り、事業推進室には、
・クリエィティブ(デザイナー)
・システム(SE、CE)
・エンタメ(レク)
・設備管理
・人事
・広報
・秘書
といった、様々な職種の職員が在籍しています。
かくゆう私も事業推進室の構成員の一人なのですが、振り返ってみると、このブログが「戦略室ブログ」であるにも関わらず、一度も事業推進室(戦略室)について書いていないことに最近気付きました。
そこで今回は、この戦略室ブログの過去の記事と、事業推進室一の古株である大佐から話を聞きながら、社会福祉法人ではめずらしい事業推進室の軌跡について、その活動と共に簡単に振り返ってみたいと思います。
※タイトルが紛らわしいですが、大佐が「あのお方」に逆襲したとかそんな物騒な話ではないのでご安心ください
2000年の銀の櫂オープンの時期にあかねに事務員として入職した大佐は、天河草子勤務を経て、ロータス・ガーデンに配属されました。当時のシステムは使い勝手が悪く、ほとんどが手書きだったため、エクセルマクロで請求書を作るプログラムなどを作成し業務の効率化を行っていました。
最初は大佐やアニキなど2~3人の集まりでしたが、2002年頃にBOSS(現理事長)があかねに入職したとき、今後の必要性を見越して現在ロータス・ガーデンの託児所がある場所に「システム広報部」という部署を作りました。これが事業推進室の前身です。
当初はアニキシステムの開発などシステム関連がメインでしたが、社員証の作成やホームページ作成を行うデザイナー、営業担当、人事採用などメンバーが増え、その機能は広がっていきました。この部署はBOSS直轄で、「BOSSが実現したいことをサポートする」というのが今も変わらない主な役割です。
その後、「システム広報部」は「経営戦略室」と呼ばれるようになりました。
大佐いわく、「そういう部署があったほうがカッコいいから」という理由です。
ブログが始まった時期は定かではないのですが、2010年11月頃からではないかとの説が有力です。開設の目的は「採用活動に役立てるため」だったと聞いています。
ブログの執筆は事業推進室メンバーによる当番制で、初期は毎日更新だったそうです(現在は隔日更新)。当番をスルーすると罰則も設けられていました。かつてカールさんが当番をスルーしたとき、「BOSSに一日ため口でしゃべる」(大佐の提案)などの罰則が適用されそうになったこともあります。(実際に適用されたかは不明です)
2011年頃からは、ブログ内で「日曜企画」が開始されています。
「日曜日は、企画モノの日!」、「もっとのびのび自由にブログを書こう!」がテーマで、内容に縛りがないのが特徴でした。この企画は第100弾まで続きました。
個人的には、カールさんの記念すべき初ブログ「第30弾 天河マンの秘密編」が気に入っています。(イエローの中の人が誰なのか気になります)
現在も続いているあだ名の制度は2010年から始まったようです。
「あだ名で呼びあうと職場の雰囲気がさらに明るく活気づく」、という説を真に受けて取り入れたようです。
当時のあだ名一覧を見ると、今はガーデンデイで頑張っている柔道整復師のM口さんの名前もあります。(あだ名は「あやみー」だったようです)
当時はあだ名で呼ばないと罰ゲームがありました。(「馬のマスクをかぶってシーツ交換をする」だったようです・・・時代と当時のメンバーの若さを感じます)
2011年、カールさんが天河草子デイサービスから戦略室に異動となり、エンターテイメント(エンタメ)チームが発足しました。目的は「利用者満足の向上」と、施設のレクリエーションのレベルに差が出ないようにすることでした。
チームといっても構成員はカールさんだけ、という事実は既に定番のネタですが、現在までこの状態が続いています。ちなみに「カール」の由来は例のお菓子ではなく、大のカルピス好きだったからのようです。
施設内のチームワークと法人全体の連携を高めるため、2011年から「あかねグランプリ」が始まりました。当時の戦略室メンバーは企画から裏方仕事まで大変だったと思います。
あかねの全スタッフを対象とし、
・リネン交換(2011年)
・オムツ交換(2012年)
・更衣(2013年)
の順番で競技内容を毎年変更し開催されました。(これ以外にも競技種目にタイピングもあったみたいです)
なんと賞金は100万円です!(太っ腹ですね)
外部の体育館を貸し切り、4月から練習を開始して、結果発表が12月という大変大掛かりなものでした。
3年間競技種目を変えて開催されたあかねグランプリは、「C1グランプリ」としてリニューアルされ、社内だけではなく、他社も参加する大会にバージョンアップしました。(「C」は「Care」の略)
現在も「団長」という呼び名をよく聞くのは、このグランプリが由来のようです。
ちなみに、アマルネス・ガーデンのS根係長は、2013年に「更衣王」、2014年に「リネン王」と、2冠に輝いています。
「毎日袖を通す勝負服だから、着て楽しいものを!」を合言葉に大阪モード学園とコラボした「ユニフォーム・イノベーション」プロジェクトが始まりました。
ユニフォームのデザインは、学生さんのコンペで決まりました。
このプロジェクトで制作されたユニフォームは現在も使われています。
今も続くイベント選考は2012年頃から始まりました。おそらくその先駆けは「瞬活(しゅんかつ)」です。「朝来て、夜には内定」という、現在も引き継がれているコンセプトで、
・「情熱コース(とにかく入社したい人)」
・「一芸コース(特技がある人)」
というコース選択が出来たようです。
(情熱コースはどんな選考だったんでしょうか・・・)
大佐が柔道整復師に合格しました!
3年も仕事の後に学校に通っていたなんてすごいですね。
(本題と関係ありませんが、BOSSが塾講師、副理事長がマックでバイトしていたことに驚きました)
古株のデザイナーかずおや、先輩SEミスターなどお馴染みのメンバーが入職したのはこの時期です。戦略室的には豊作の年でした。
ミスターや小杉さんが入職した頃から、各施設のPCを定期的に1台1台メンテナンスして回るPCメンテナンス巡回が始まりました。(業務に支障がないよう深夜に行われたようです、おつかれさまでした)
またミスターにより、タブレット上で操作できる新しいデイシステムや、保育園システム、農園システム、座右システムなど、大小様々なシステムが開発され、業務改善に貢献しています。
2013年5月から新しくオープンしたアマルネス・ガーデンに拠点を移しました。
この時期「経営戦略室」はひっそりと幕を下ろし、経理部門と統合され「経営管理本部」となりました。大佐いわく、「経営戦略室とは言いながら、実際は経営戦略に関する仕事はしてなかったから」という理由です。
カールさんをモデルにした「レクリエーション介護士」という資格が誕生しました。
東京でプレゼンもされたようです。
以前にもご紹介しましたが、スティーブ・ショブズ風の動画が爆笑でした。(特にN田さんのリアクションが)
尼崎市市制100周年記念事業の一環として、子供たちが介護の職場を体験できる「キッザケア」が始まりました。意外なことにキッザケアには、「介護」、「看護」、「栄養士」ブースの他に「広報」ブースがあったようです。本格的ですね。
2015年10月から、現在の拠点であるグラスセゾンに移転しました。
この時期に現在の「経営管理本部 事業推進室」という部署に名称が変更されました。
大佐いわく、「経営管理本部とは言うものの、本部的な機能はごく一部で違和感あったから」という理由です。既に存在していた「事業推進室」という部署(元々は営業の部署で有名無実になっていた)をそのまま利用することにしたそうです。
大佐が事業推進室長になったのもこの時期です。
介護レクの日本一を決める「レク1グランプリ」が開催されました。(次年度は「レクフェス」)
介護現場のレクリエーションにイノベーションを起こすことにチャレンジしています。
カールさんの大会主旨を読むと、レクに対する熱い思いを感じ取れます。
2025年の崖を超え、あかねのDXを実現するため、あかねの新業務システム「あかネット」の開発が始まりました。
システムの名前は法人内の全職員を対象にした投票で決定しました。
ご存知の通り「あかネット」に落ち着いたのですが、実は危うく「あかネコ」になるところでした。
事業推進室一の古株であり、本名よりあだ名のほうが有名な大佐の新人時代エピソードについては、以下の本人のブログで紹介されています。
そんな若かりし頃の大佐も、今では「逆襲」を果たし、事業推進室を率いる室長として多方面で活躍されています。
忙しい大佐を捕まえてインタビューしました。(マジですいません・・・)
ー大佐が考えている事業推進室の使命(ミッション)について教えてください
【大佐】今までの事業推進室(経営戦略室)の活動は、対外的で法人のブランディングに絡むものが多かったけど、法人を広く知ってもらうフェーズは一区切りついたから、これからは現場に密着してニーズを引き出して何かする部署にしたいかな。
スタッフが楽しく仕事出来て、施設をより良くするために、あかねの事業の推進において何らかのお手伝いがしたい。
ー大佐の新人時代を振り返ってみると?
【大佐】「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを。」
ーちなみに、なぜあだ名が「大佐」なんでしょうか?
【大佐】元々役職名の「主任」と呼ばれてたんだけど、急にあだ名で呼びにくいという意見があったから。言うまでもなく由来は階級名が有名なニックネームになっているあの「赤い人」。
ーBOSSとのコミュニケーションについてアドバイスをお願いします
【大佐】「当たらなければどうということはない。」
ー事業推進室の歴史で印象に残っている出来事はありますか?
【大佐】やりがいを感じるのはアイデアが形になっていくとき。普段別々の仕事をしているメンバーが全員で協力して、C1グランプリとか大きなプロジェクトを仕上げていくところは楽しかった。
採用は常にしんどい。業界全体の問題でもあるけど、必要な人員を確保できない現状に責任を感じているし、人事採用メンバーに達成感を感じさせてあげられず、成果を分かち合うことが出来てないことは申し訳なく思ってる。
ー昨年末から新システム「あかネット」が本格稼働しています
【大佐】「見せてもらおうか、あかネットの性能とやらを。」
ー今年の目標を教えてください
【大佐】事業推進室としては、とにかく出屋敷プロジェクト(ヴィラ ベルセゾンとパン屋)をうまくスタートアップさせること。さらに翌年は三反田のプロジェクト(ヴィラ 杢園)も走り出すからこれをどう乗り切るかかな。
個人的には富士山に登ること。
※(注)実際には言っていないネタ発言も含まれています
以上、経営管理本部 事業推進室の軌跡でした。
介護業界というと、女性だけではなく男性の「寿退社」も多い業界と言われています。(今もそうかもしれません)
その大きな理由は「給与」によるものです。
「介護の業界だから当たり前」という常識をなくし、安定した給与水準で「結婚しても働き続けられる法人にしたい」という考えがあかねの根底にあると、入職前に読んだ書籍で紹介されていました。
介護保険制度の制約下で、その実現はまだ途上かもしれません。
既に超高齢社会に突入し、財政の問題もあり厳しくなる一方の経営環境のなかで、様々な変化に対応して法人としての力を蓄え、その実現に貢献するために事業推進室(経営戦略室)は誕生しました。
私個人としては、あかねで働く介護職員が、目の前の利用者様と寄り添い、ケアに集中できる環境を作ることが使命であり、役割であると考えています。
現場での業務改善やシステムに関するご相談等あれば、いつでもご連絡ください。
最後に、本年もあかねの利用者様や家族様、職員の皆様がご健勝でありますよう、心よりお祈り申し上げます。