週末ブログ☆第35弾OBK?「地理」講義編

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ヴィラ杢園
もっとのびのび自由に楽しく
ブログを書こうじゃないかー!
 
ということで始まった
 
大人の事情に縛られないw
(ここ大事)
週末ブログ
 
<今日の担当>
せすみん
 

行って参りましたコミケ。
荻スタのアニマスお疲れ様本も無事ゲット!

杣緑の夏祭りも終了しました!
で今年の夏も終わったなぁ~って
感じるせすみんです。

OBKプロジェクト進行中ですね!
私は「社会」全般が好きだったんですが。

嫌いor苦手な人多いですよね。

暗記の教科なんで楽しくない!興味がない!
というのがあると思うのですが…

そこで!今回は!
好きな地理スポットを紹介!
少しでも興味が出たら嬉しいです。

現代に生き残る中世の“騎士の精神”
『マルタ騎士団国』

正式には、ロードスおよびマルタにおける
エルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会…長!

 

世界最小の国「バチカン市国」
ローマ市にあるキリスト教の中心地です。

それよりさらに小さい国?
それがこの、マルタ騎士団です。

1100年頃にキリスト教の聖地「エルサレム」
信者の為の病院が前身

信者の警備をしていたため騎士が集まり
ローマ法王から騎士団として認められます。

その後、地中海マルタ島に拠点を移しますが
ナポレオンの侵攻に敗北。
領土を失います。

ナポレオンの死後、国際会議で
「国として認められ」ローマ市内に領土として
宮殿を与えられることになりました。

ローマ市内のビルが領土。
と、小さ過ぎる為か、日本は
慈善団体として彼らを扱っています。

が、98もの国が彼らを国として扱い
大使館も備えているそうな。

経緯を見ていると国として扱った方が
ロマンがあるよなぁと思うわけです。

現在でも医療活動を行なっており
東日本大震災では救援基金を設立しました。

before

after

形を変えて残る”騎士の精神”
素敵じゃないですか?

※あ、海賊行為とロードス占拠は目を瞑る方向で

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盲点をついた建国方法

『シーランド公国』

 
 
 

星新一の「マイ国家」という小説があります。

自宅を日本から独立させた男の話なんですが。
 
それに触発されてか知らずか…
勝手に独立してみた!って国なんです。
 
こういう自称国家を
「ミクロネーション」と呼びます。
 
もちろん、国際的にも、独立元の国からも
認められていない国?が大半で…
 
※税金も独立元の国に払っている等、趣味の
延長のような扱いなのはまたご愛嬌。

イギリス沖の要塞跡に作られたこの国。

一番有名なミクロネーション
ではないでしょうか…

テレビでも扱われ、漫画のキャラにもなる始末
ご存知の方も多いのでは?

 
1967年に独立したこの国、公海上に
存在する(誰でも自由に行き来出来る海)為、
イギリスも手を出せず放置。
 
2006年には火災も発生しボロボロに…
国の売却も検討中
のようですが図太く生き残っています。

実は、この国?、貴族の称号を販売中★

日本でも、タレントの「西川きよし」が
シーランド伯爵の称号を持っています。
 
2,000円程の費用を払えば
誰でも貴族になれますw
興味があれば如何でしょうか?
 
 
他にも…
 
シーランドに続けとイタリア沖に作り失敗
「ローズ島共和国」
 
家の前に道路が無いことに腹を立て独立!
なぜか独立元の市からも承認を受けた
「ワイ公国」
 
とまあ、海外には色々とあるので興味が
おありでしたら是非調べて見て下さい★
 
自分の国を持ちたいってのは
誰しも憧れるものかも知れません。

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領土の形はなんでもありあり!
【旧オランダ領】
『カナダ・オタワ病院の4病室』

なにそれ?ですよね。
私が変なスポット興味が出たきっかけです。

カナダの首都・オタワにある病院の4部屋が
一時、オランダの領土だった事があります。

第二次世界大戦でドイツの侵略を受けた
オランダはカナダに避難していました。

その中に、後のオランダ女王ユリアナがおり
その彼女が妊娠したんです。

「王位継承者はオランダで誕生した者に限る」
という法律により娘が王位を継承できなくなる
(姉が2人いるため問題は少ないのですが)

それはまずい!とカナダ政府は、
「病室は一時的にオランダ領」
とする法案をつくります。

無事誕生したマルフリーテ王女は
(※現オランダ女王ベアトリクスの妹)
無事に継承権を持つことが出来たのです。

オランダからはお礼にと、チューリップの球根1万本
が毎年贈られ盛大に祭りを開催しているそうです。

同じような例で、

【旧ユーゴスラビア王国領】ロンドン
クラリッジスホテルの212号室
てな例もあります。

第二次世界大戦中、イギリスにユーゴスラビア
の国王ペダル2世が避難していました。

オランダと同様、アレクサンドル皇太子が生まれる為
滞在したホテルの一室をユーゴスラビア王国領に…

王位継承は問題なし!

となりませんでした…

戦争終了後、ユーゴスラビア王国は消滅
ユーゴスラビア連邦共和国が成立します。

共和制となり王室は消滅…
国に戻れなくなります…

結局、皇太子はユーゴスラビアが崩壊した
1991年まで国に帰れなかったそうです。

とほほ…

”ユーゴスラビア王室“ロイヤルファミリー
白髪の男性がアレクサンドル皇太子

※ユーゴ問題については大分割愛しています。
気になった方は是非検索してみて下さい。

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アラブの春の”影”
『アザワド』

2011年に起こったアラブ諸国の
市民運動「アラブの春」

リビアやエジプトといった独裁政権
が市民に次々と倒されていきました。

市民のための政治になってハッピー!
となって欲しい所でしょうが、
中々うまくはいかないようですね。

2012年4月、アフリカ西部・マリ共和国の
北部が独立を宣言しました。

地図上の濃い部分がマリ共和国
緑部分がアザワド

 

サハラ砂漠の遊牧民
「トゥアレグ族」

元々、この地域で活動していた彼ら
「アラブの春」においてお隣
リビア国内の戦闘に参加します。

その後、戦闘の経験を積んだ彼らは
北部の都市を攻撃し占領。

マリ共和国の支配を嫌い
「アザワド」の独立を宣言したのでした。

どの国も認めていません。
日本は彼らの動きを非難しています。

2011年にはスーダンの南部地域で
南スーダン共和国が成立。

数十年の内戦を経て
スーダンとの協議により独立。

今後もアフリカにおいて民族ごとの分離独立
が増えていくんじゃないかなーと
このニュースを見て思いました…。

駆け足気味ですが…個人的に気になる
スポットを紹介してみました!

少しでも興味が出てくれたら嬉しいです!

ご希望あれば続編があるかも…

 

介護福祉士・社会福祉士・保育士 実習生受け入れ 兵庫・尼崎・日生中央・姫路

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