2020/1/30
顔認証カメラの精度を検証してみた
皆さんこんにちは、ミスターです。 先日、大佐のブログでご紹介させて頂いた グラスセゾンに設置された「顔認証カメラ」ですが →設置の...
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絶賛療養中の痛風王子こと大佐ですドウモ(‘A`)
実は先々月末に出た痛風発作が今も地味に続いており、
一ヶ月以上間鎮痛薬を飲み続けていたのですが、
ココに来てやっと無くても寝れるようになりました。
普通痛風発作は一週間くらいで消失するんですが、
右足首後に左足首にと連続で発作が出たことと、
治療のために尿酸値を下げる薬を飲んでいるために、
痛みが遷延化したものと思われます。
これって前厄関係してる!?(;゚;⊖;゚;
ちなみに約一ヶ月薬を飲み続けた結果はコチラ。
左がビフォアで右がアフターなんですが、
ヤバイ めちゃ基準値内になっとる。。。
(男性基準値:2.5 ~ 7.0)
ちなみにアフターの採血時、
人生で初めて失敗され まじでブッ倒れるかと思いました。
(何を隠そう大の注射嫌い)
そもそも痛み止め薬がなくなったから、
それを追加で出してもらうだけのつもりで行ったのに、
ドクター「うーん まだ痛いのかー。ちょっと採血しよか」
ワタシ「は、はい(まじ断りたい)」
この流れで超動揺してたのに、
看護師の人が「あれ?おかしいなー」って言い出したときには
まじ失神しないか不安になるくらい動揺しました。
「は、反対の腕でします?」っと言えた自分を褒めてあげたい!
あ、これも前厄関係してる!?(;゚;⊖;゚;
っとまあ、
一応徐々に改善してるわけですが。
あかね本社の近くにも「徐々に」変わりつつものがあります。
っということで、
エディオンの社長が私財10億円を投じて、
本社の近くに復元?建造中の尼崎城。
気づけばそれっぽく出来上がってきています。
こんな感じで超ご近所な感じ。
少しずつ寄っていくと・・・
おお天守閣の屋根出来てきてる!
ちなみに元の尼崎城は大物城とも呼ばれ、
1618(元和4)年、大坂城の西の守りの要として、
江戸幕府の命を受け尼崎藩主戸田氏鉄が築造をはじめました。
敷地は甲子園球場の3・5倍の広さだったと言われています。(‘A`)ヒロッ
ちなみに尼崎藩は領地も広く、
下の地図でみると神戸より先まで領地になっています。
つまり「神戸」も昔は「尼崎」だったんですね笑
さらに飛び地の領地も持っていたようで、
さらに西の赤穂も尼崎藩の領地だったそうです。
しかし残念なことに、
明治6年の廃城令により建物は一部を除き取り壊され、
取り壊しの城ではめずらしく、
石垣まで取り除かれました。
そんな跡形もなく消えた幻の城が、
来年3月下旬にオープンです。
いやーまもなくですね。
この尼崎城が、
新しい尼崎のランドマークとなり、
尼崎全体の活気につながるといいですね!ヽ(゚∀。)ノ
出来た暁には、
お城で新卒の選考イベントとかできないかなー笑