ミスターが敬愛して病まない企業

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皆様こんにちは、ミスターです。

もう5月も終わりに近づき、九州でも梅雨入りが発表されていますね!

近畿地方もまもなく梅雨入りしそうな勢いです。

最近買った愛車(バイク)も梅雨入り~夏の間は暑くてバイクにも乗れないだろうという事で

休みの度にプチツーリングに出かけています。

夏のように暑い日でも山のほうへ行くと、とても涼しく、ちょっとした避暑地体験を気軽に味わえ、リフレッシュできていいですね!

さて、このバイクは「ヤマハ」のMT-25というバイクで、20年弱のブランクがあるリターンライダーでも気軽に乗れるという「乗りやすさ」と「デザイン」で迷う事なく購入を決めました。

これ以外にも実はこのバイクに決めた大きな理由があります。

それは私が「生粋のYAMAHA好き」であるからです!

みなさんもご存じの「YAMAHA」・・・この会社ってすごくないですか??

ぱっと思いつくだけでも

・バイク

・ピアノ(楽器)

・音響設備

・ネットワーク機器

・船

・電動車いす

etc…

この他にも細かくみていくと車いすや自動車のエンジン、ウォータースライダー等も手掛けており、一見すると全く関係なさそうな事業がたくさんあってそれぞれが超一流っていうなかなか類を見ない企業だと思うんです!

どうやったらこんな多彩な企業になるのか、ヤマハの歴史を調べてみるととても面白かったのでご紹介してみたいと思います


まず「ヤマハ」という会社は「ヤマハ発動機」、「ヤマハ」の2社にわかれており

「ヤマハ発動機」のほうはバイクやボート・ヨットなどのマリン事業をメインに、「ヤマハ」のほうは楽器などの音楽関連をメインに扱っています。

創業者の山葉寅楠(やまは とらくす)は、とある事からオルガンの修理を行った際に「これなら自分でも作れるやん!」と思い立ち、「オルガン製造」の会社を立ち上げ、しばらく後にはピアノも製造するようになります。

そしてオルガンやピアノを作っている内に「木工」のノウハウを活かして家具を製造します。

そして戦時中には軍の指示で上にも書いた木工技術を活かし「飛行機のプロペラ」を製造します。最初は木製のプロペラでしたが金属製のプロペラも製造するようになったそうです。

終戦後、没収されていた工作機械が戻ってきて、さてどうしようと考えた結果、「バイク」を製造する事になります。

ヤマハ初のバイク「YA-1」今見てもかっこいいじゃないですか!

ちなみにこのバイク、「富士登山オートレース」に初出場、初優勝したそうです!

そして当時の社長が趣味であったクルーザーを浜名湖に浮かべたりしていたそうですがアメリカ製の船外機が頻繁に故障するので、それなら自分たちで作ってしまおうというのがきっかけで船の船外機を製造するようになり、ついでに船体も作ってしまえと船本体も製造してしまいます。

さて、これらと並行して進められていたのが音楽事業で、電子機器である「エレクトーン」を自社で製造します。その中で性能アップの為にLSIを開発するようになります。

ちなみにこの時の開発で培った技術でパソコンを作っていた時期もあったのですが、これはうまくいかず撤退したようですね!


といった感じで、なかには失敗した事業もありますが、手掛ける事業の多くで成功を重ねてきた「ヤマハ」、改めて歴史を見てもすごいな~と思います。

そしてそのどれもが中途半端ではなく超一流というところが大好きで

バイクを買うときにも「ホンダ」と「ヤマハ」で迷ったら「ヤマハ」!っていう思考回路が自然と働いてしまうミスターでした!

まだまだ「ヤマハ」について書き足りない事がたくさんありますが、それはまたの機会に!

 

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